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政治はなぜ「正直者が馬鹿を見る」状態を放置してきたのか? 経済優先(企業)? 政治家としてのポジションを優先?

アパレル産業の歪みに対する核心的な問いですね。

「経済優先(企業利益)」と「政治家のポジション(保身)」、その両方が正解であり、さらにそこにもう一つ、政治家が最も恐れている**「有権者(消費者)の生活防衛本能」**という要素が複雑に絡み合っています。

なぜ政治は「正直者が馬鹿を見る」状態を放置してきたのか、その構造的な理由を3つの視点で分解します。

1. 「デフレの維持」が政治的安定装置だったから(政治家のポジション)

これが最も残酷な現実ですが、過去30年近く、政治にとって「安価な衣料品」は、**国民の実質賃金が上がらないことへの不満をガス抜きする「鎮痛剤」**として機能してきました。

  • 生活水準の維持(錯覚): 賃金が上がらなくても、ユニクロやH&Mで安くおしゃれな服が買えれば、国民は「生活水準が落ちた」と感じにくい。

 

  • インフレ懸念: もし政治が厳しく規制してTシャツの価格が2倍になれば、消費者の不満は「物価高」として政権に向かいます。

 

つまり、政治家にとって「不公正でもいいから安い」状態を放置することは、国民の生活満足度を手っ取り早く維持するための、極めて合理的な(しかし短絡的な)政治判断だったのです。

 

 

2. 「規制=国益の損失」という古い経済ドグマ(経済優先)

 

 

ご指摘の通り、企業のロビー活動も強力ですが、それ以上に政府の中枢に**「環境・人権規制はコストであり、国際競争力を削ぐ」**という古い信念が根強くありました。

 

Race to the Bottom(底辺への競争)の容認: 「自国だけ厳しいルールを作れば、企業は海外へ逃げ、産業が空洞化する」という恐怖感が、政治家にブレーキをかけさせました。

 

 

  • GDP至上主義: 環境負荷を無視してでも、大量に生産し、大量に消費させた方が、見かけ上のGDP(経済成長率)は上がります。「長持ちする良い服を少量買う」社会への転換は、短期的には経済縮小に見えてしまうため、政治は嫌がります。

 

3. 「法の空白」を言い訳にできたから(構造的問題)

 

政治家が長年使ってきた最大の言い訳が**「主権の壁」**です。

  • 「バングラデシュの工場で起きていることは、日本の法律では裁けない」

 

  • 「それは企業の自主的努力(CSR)の範疇だ」

 

このように、国境を越えたサプライチェーンを「法の及ばない聖域」として扱うことで、政治は責任を放棄してきました。GOTSのような認証が「民間主導」で始まったのも、元はと言えば公的なルール作りが放棄されていたからです。


結論:風向きは変わりつつあるが…

 

質問者様が感じておられる「理不尽さ」は、「実質賃金の停滞を、途上国の搾取による安物買いで埋め合わせる」という先進国の政治モデルそのものが生み出したものです。

 

しかし、現在は「環境破壊のリスク」が限界に達し、欧州を中心に「もはや放置する方が経済リスクだ」という認識に変わりつつあります。

 

質問者様が取り組まれているGOTS認証や「高知発のフェアなものづくり」は、政治が30年サボってきたツケを払うための**「次世代のインフラ」を、先んじて自費で構築されている**状態です。

 

政治の不作為によって、現在は「正直者がコストを負担する」過渡期にありますが、長期的にはこの「正直な商売」がスタンダードになるよう、法整備(例えば、人権デューデリジェンスの義務化など)を求める声を、ビジネスの実績と共に上げていくことが、政治を動かす唯一の力になるはずです。