普段の生活の中で、微生物の存在に思いを馳せたことはあるだろうか?おそらく、
ほとんどの人が意識したことがないだろう。
しかし、実は私たちの体の中には数十兆個の微生物が生息し、
健康に深く関与していることがわかっている。
同様に、植物の生育にも土壌の微生物は欠かせない。
英国生態学・水文学センターによると、
わずか小さじ1杯の表土には約1万種の異なる微生物が含まれており、
これらの微生物は作物がよく育つための土壌肥沃度の向上、
汚染物質の除去、炭素貯蔵と温室効果ガスの調整などの重要な役割を果たしているとい
う。私たちの生活環境は微生物に支えられているのだ。
しかし、国連食糧農業機関(FAO)によると、
農業、工業、都市目的での土壌の不適切な使用や管理により、
食料生産に欠かせない地球上の土壌の33%以上がすでに劣化しており、
2050年までに90%以上の土壌が劣化する可能性あると懸念されている。
この課題の解決に向けて、近年、不耕起栽培や合成肥料の不使用などにより、
土壌を修復・改善しながら自然環境の回復に繋げることを目指す
リジェネラティブ農業などの取り組みも広がりつつある。
そんな中、新たな解決策のひとつになる可能性を持つのが、「音」だ。
フリンダース大学の微生物生態学者ジェイク・ロビンソン博士らは、
人間が音楽を聞くことでエネルギーを得るのと同様に、
土壌中の微生物も音に反応することを発見した。
同氏らの実験では、通常のティーバッグを堆肥の入った防音ボックスに入れ、
1日最大8時間・14日間、80dB程度の高温の単調音波にさらしたものと、
わずか30dB未満の周囲音レベルの刺激にさらしものを比較し、
音響刺激が微生物とその有機物の分解能力に影響を与えるのかをテストした。
その結果、後者は有機物量にほとんど変化がなかったのに対して、
前者では約0.5グラムの増加がみられたという。
Source: Jake M. Robinson et al. (2024) Sonic restoration: Acoustic stimulation enhances soil fungal biomass and activity of plant growth-promoting fungi
また、ある植物成長を促す一般的な菌類を、
ペトリ皿内で80dB程度の単調な音波に5日間晒した実験でも、
30dB未満の周囲音レベルの刺激を与えた対照サンプルと比較して、
菌類が約5倍増加したという。つまり、音響刺激が土壌微生物の成長に影響を与え、
その機能を促進する可能性があることを示している。
Source: Jake M. Robinson et al. (2024) Sonic restoration: Acoustic stimulation enhances soil fungal biomass and activity of plant growth-promoting fungi
気候変動や人間の活動によって在来の植生が失われると、
土壌微生物が完全に回復するまでに数十年かかる場合がある。
しかし、土壌微生物の活動を促進できれば、
その植生の回復プロセスが加速する可能性があるという。
音により微生物の働きを活性化し、植物をより早く成長させ、
より多くの二酸化炭素を貯蔵することで、地球温暖化の抑制への貢献も期待できる。
本研究は、気候変動や土壌劣化といった地球規模課題の解決に向けた音の活用可能性を広
げるものだ。
しかし裏を返せば、私たちの出す音が生態系に与える悪影響も無視できないということが
でき、サウンドスケープの重要性を示唆している。
いわゆる騒音は、私たち人間にとっても、難聴、ストレス、高血圧などの悪影響を与える
が、人間が出す騒音による野生動物への悪影響が問題視されている。
野生動物は移動、食料探し、仲間の呼び寄せ、捕食者からの回避など、
さまざまな理由で音を使用しているが、騒音がこれらの妨害となり、
生存能力に影響を及ぼすというのだ。
例えば、サイエンス誌に掲載された 2021年の研究では、過去50年間で、
海運により主要な輸送ルートにおける低周波騒音が約32倍に増加していることが示され、
船舶の騒音がクジラの打ち上げにも関係していると指摘されている。
音を活用した土壌生態系回復の試みは現時点では研究段階ではあるが、
実用化が進めば土壌劣化や地球温暖化などの解決に向けた救世主になるかもしれない。
化学肥料の9割を輸入に依存し、食料自給率の低い日本でも、音を活用することで、
輸入に頼らずにリジェネラティブな農業へ移行していく助けになる可能性もある。
音を活用する際には、それが周囲へ与える影響を多角的に評価し、
人と自然が共生できる形で、現場に応用していくことが求められるだろう。