民主主義の基本は、私たち市民が信頼できると感じる政治家に選挙で票を投じ、
国の運営を任せることにある。
しかし、そうして国民に選ばれた政治家が故意に嘘をついていたとしたら。
そして、そうした嘘が誰にも裁かれず、“仕方のないこと”としてまかり通っていたら。
国民は政治家を、そして政治そのものを信頼できなくなっていくのではないだろうか。
実際に、国民がもはや政治家を信頼していないことは調査から明らかになっている。
例えば、グローバルコンサルティング企業イプソスがイギリスで行った調査によれば、
同国の成人のうち、政治家が真実を語ることを信じている人はわずか9%にとどまったという。
イギリスのウェールズでは、こうした問題に対処するため、
政治家の嘘に歯止めをかける法案(※)を2026年から導入することを正式に決定し、
国民に対してその実施を公に宣言した。
この法案は2024年7月に行われたイギリス総選挙の直前に
ウェールズ議会議員のアダム・プライス氏によって提出されたもので、
世界初の試みである。
※ 該当の法案は、「Elections and Elected Bodies (Wales)Bill(議員と選挙法案)」の中に含まれる。
この法案が施行されれば、議員や候補者が意図的に嘘をついた場合、
裁判で裁かれ、有罪となれば一時的に議会への出席や立候補が禁止されることになる。
具体的には、警察が証拠を調査し、十分な証拠がある場合には、公訴人が訴追を行う。
また、対象者には、裁判までに発言を取り下げ謝罪するための14日間の猶予が与えられる。
この法案を推進してきたのは、イギリスの政治をより社会的に平等で、環境に配慮し、
国民の幸福を改善する方向に導こうとする政策研究機関・Compassion in Politicsだ。
これまでに、複数の政党の政治家を集め、思いやりを軸にした意思決定を促す取り組みや、
社会的不平等に対抗し、環境を保護し、福祉制度を改善する政策の推進などを行ってきた。
政治的な嘘に対して刑事罰を導入するための活動も数年間にわたって続けている。
Compassion in Politicsの共同創業者であるジェニファー・ナデル氏は、
「政治家への信頼がなければ、民主主義への信頼が損なわれる」と、Positive Newsに語る。
「もし政治家の言っていることが信じられなければ、誰に投票すべきかをどう判断するのでしょうか?
私たちは政治家が真実を語ることに頼る必要があります」
この措置に対するイギリス国民の支持は大きい。
Compassion in Politicsが2019年に立ち上げた同法案への請願書には、
20万以上の署名が集まった。
また、2023年5月に同企業が行った世論調査では、
72%が意図的に嘘をついた政治家に対する刑事罰を支持している。
この措置が議員の自由な発言を妨げるのではないかという懸念もあるが、
ナデル氏は「大多数の政治家は真実を語っている。
しかし、一部の悪意ある人物が全体の信頼を損なっている。
そのため、この法律の変更はむしろ政治家の自由な発言を守ることになる」と述べている。
また、「発言が正直でないのであれば、自由な発言の意味はない」とも指摘している。
Compassion in Politicsの次の目標は、ウェストミンスター地域にも同様の措置を取らせることだという。
この法案が、ウェールズ、そしてイギリスに、どのような影響を与えるのか。
その動きは、他国に暮らす人々にとっても、他人事ではない。